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長崎地方裁判所 昭和52年(ワ)242号 判決 1983年1月21日

原告

奈良谷毅

原告

奈良谷渉

原告

奈良谷ミチ

右原告ら訴訟代理人

峯満

被告

長崎県

右代表者知事

久保勘一

右訴訟代理人

木村憲正外九名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告奈良谷毅に対し金三七四二万六八六七円及び内金三六六一万六八六七円に対する昭和四九年二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を、同奈良谷渉に対し金三八五万円及び内金二〇〇万円に対する昭和四九年二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を、同奈良谷ミチに対し金三八五万円及び内金三〇〇万円に対する昭和四九年二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を、各支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文同旨

2  敗訴の場合は仮執行免脱の宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者の地位

原告奈良谷毅(以下、原告毅という。)は、後記2の事故(以下、本件事故という。)当時長崎県立長崎南高等学校(以下、南校という。)第二学年に在学していた生徒であり、原告奈良谷渉(以下、原告渉という。)はその父で、原告奈良谷ミチ(以下、原告ミチという。)はその母である。

被告長崎県は右南校の設置者であり、訴外井上洸教諭(以下、井上教諭という。)は被告県の教育公務員である。

2  事故の発生

原告毅は、昭和四九年一月三一日午後一時三〇分ころ長崎市小島所在南校校庭において井上教諭指導のもとに正課としての一般体育の時間にラグビーの試合中今川恭博(以下、今川という。)にタックルをしたところ、今川の膝が原告毅の頭部に激突した。原告毅は右事故により第六頸椎亜脱臼、頸髄損傷の重傷を負い、事故当日から昭和五一年七月三〇日まで、入院して治療を受けたが、現在右側上下肢の障害は著しく手関節の背屈・掌屈、股関節の内転外転、膝関節の屈曲・伸展、足関節の背屈・底屈等の運動筋力、運動範囲は殆ど消失し、右手指は自動運動不能であり、痙性歩行を示すという身体障害等級表一級に該当する状態にある。

3  被告県の責任原因

(一) 原告毅に対する債務不履行責任

(1) 被告県の生徒に対する安全保持義務(安全配慮義務)

県立高校の設置者たる県と生徒の関係は専ら契約関係という合意に基礎を置き、その合意が準拠する教育基本法等の諸規範、慣行等によつて補完されている契約関係と解すべきである。この契約関係に付随する当然の義務として学校設置者たる県は、生徒に対し、教育条理、信義則上学校教育の場において生徒の生命、身体等を危険から保護するための措置をとるべき義務(安全保持義務、安全配慮義務)を負つているものというべきである。

(2) 被告県の安全保持義務(安全配慮義務)の具体的内容

(ア) 井上教諭のラグビー指導について

ラグビーは非常に速いプレーがなされ、身体的接触を伴い、しかもそれなしには成立しないものである。

そこでラグビー指導に関し、文部省が定めた「高等学校学習指導要領解説」は、大要次のとおり述べている。

ゲームについては、ラグビーが高等学校ではじめて取り扱う種目であるので、チームの人数を減らしたり簡易な規則を用いたゲームから次第に正規なものに準じて行なうようにする。

ラグビー指導は、タックルする者もされる者も倒れた場合の身のこなしを身に付けさせ、ついで相手方への近づき方、捕え方、倒し方を段階的に取り扱う。なお初歩の段階ではタックルを胴体に手をふれる方法(タッチ)に代え、倒れ方がうまくなつて取り扱うようにする。

ゲームについては生徒の技能の程度、指導の段階に応じチームの編成、競技場の広さ、競技時間を適切にし、特に安全に留意して競技規則を適用し、相手の攻防に応じて作戦をたててゲームを進めることができるようにする。

以上のことから、ラグビーのような危険な競技を授業として指導する体育専任の教諭は、次の点を注意しなければならない。即ち、

指導を受ける生徒の経験と技能の程度に応じて段階的にその学習を進めていくこと、

本件事故の原因となつたタックルについても、まず倒れた場合の身のこなしを十分解説したうえで、実地に練習をつませること

そしてタックルについて相手方への近づき方、捕え方、倒し方を各別に順に、解説を与えて、それぞれについて反覆練習させ、その技能習熟を確認してはじめてそれらの実施を許可するようにすること、

等である。

ところで学校体育には、正課としての一般体育・選択必修体育(クラブ活動)及び課外の部活動である放課後クラブの三種がある。原告毅は、南校一年生のとき放課後クラブでは陸上競技部に入つて砲丸投げをやり、二年生になつてから選択必修体育でラグビーをするようになつたがこれは最初フリーテニスを志望したにもかかわらず各科定員の関係で志望外のラグビーに回されたものである。

ところで選択必修体育のラグビーは、週一回一時限で原教諭が担当していたが、個人的技能についての指導練習は全く行われず、簡易ゲームのルールについて簡単な説明がなされただけでそのままゲームがなされている。タックルについては最初暫くはこれに代えてタッチを行なうよう指示され、間もなくタックルに関する基本的動作などについて指導も訓練もないままサイドタックルの実行が放任されている。したがつて選択必修体育ではタックルについてそのやり方や危険回避に必要な事項の指導など一切なされていない。

一般体育は、クラス単位の授業で週四回四時限であるが、そのうち一回一時限が柔道でその余の三回三時限がその他の一般体育にあてられ、井上教諭が右週三回三時限の授業を担当していた。井上教諭が担当する一般体育としてのラグビーの授業は原告毅が二年生の二学期中途から始められたが、最初パスの練習後、タックルについては原告毅と今川の二人をモデルに静止状態で相互に相手の腰に腕を回して組みつく姿勢をとらせ外形的な型を教示したにすぎない。相手の斜め横から近づけとか、目標を相手の下ももにとるとか、相手の尻の方に頭を入れるようにせよなどといつた解説も指導もなされていない。さらに受けとめ方、倒れ方などについて実際に動作をして練習をするといつたことはなされていない。

以上のとおり井上教諭は、原告毅が選択必修体育及び一般体育のいずれにおいても競技中安全に実行するだけの基本的技能を習熟するに至つていないのに、右の注意を尽さず適切な指導を欠いたまま、同原告をして一般体育の時間中にタックルをなさしめて本件事故を惹起したものというべきである。

(イ) 被告県の教育長、各教育委員、指導主事、教育課長、南校校長、同校体育主任及び直接指導担当教諭(以下、教育長等という。)について

学校設置者たる県、県教育委員会等の関係公務員は、組織的に一体となつて、ラグビーが重大事故発生率が高いことを認識し、ラグビーの指導、訓練及び競技等を教育活動のうちになお存続せしめるかどうかを慎重に検討しなければならない。そして指導訓練の方法として初級、中級、高級の数段階を設け、各段階ごとにさらに習熟せしめるべき技能の内容と習熟度の細目的基準を設けて、各細目ごとに習熟度を確実に検定して進級を許すなどの配慮をし、競技は幾種類ものルールを設定し、その生徒の検定合格の等級に応じて特定の危険な技能の実施を厳格に禁止したルールを適用実施せしめる等の教育プログラムを研究策定しなければならない。又参加せしめる生徒を、保護者の同意を得た希望の生徒のみに限定するとか、そうでなければラグビー指導そのものを廃止すべきである。

被告県の教育長等は右義務があるのに、これを怠つたため本件事故を惹起したというべきである。

以上のとおり、被告県は、在学契約上の安全保持義務の履行が不完全であつたため、前記2の事故を発生せしめ、原告毅に対し、同2記載の傷害を負わせたものであるから、これによる後記4(一)の損害を賠償する義務がある。

(二) 原告毅に対する不法行為責任

(1) かりに被告県と原告毅との間の在学関係が、契約関係ではなく、これに基づく安全保持義務不履行の責任を問うことができないとしても、第一に被告県の公務員たる井上教諭が、その職務を行なうについて、第二に被告県の教育長らが共同で職務を行なうについて過失により本件事故を惹起したものであるから被告県は国家賠償法(以下、国賠法という。)一条一項による賠償責任を免れない。

(2) 一般体育のラグビーは正課体育の授業としてなされるもので井上教諭がラグビーにつき授業として指導すること、被告県の教育長等が組織的一体となつて一定の教育プログラムを策定して、現場教師に授業をなさしめることはいずれも公務としての職務行為にあたり、右各職務を行なうについては授業を受ける生徒の事故を未然に防止するため万全の措置を講ずべき注意義務がある。

右注意義務は、安全保持義務と同様のものであつて井上教諭には前記(一)2(ア)記載の過失が、被告県の教育長等には同(一)(2)(イ)記載の過失があり、これらにより本件事故が生じたものであるから、被告県は後記4(一)の原告毅の損害を賠償すべき責任がある。

(三) 原告渉及同ミチに対する不法行為責任

第一に井上教諭は、前記(一)(2)(ア)記載の過失により、第二に被告県の教育長等の公務員は、同(一)(2)(イ)記載の共同過失により本件事故を生ぜしめ、原告渉及び同ミチに後記4(二)の損害を与えたものであるから、被告県は、右損害を賠償する責任がある。

4  原告らの損害

(一) 原告毅の損害

(1) 治療関係費 金三二六万五七五八円

(ア) 付添費(九一〇日分) 金一八二万円

入院中の親族の付添看護費を一日金二〇〇〇円の割合により算出

(イ) 将来の付添費 金一〇八万一七五八円

a 原告毅の退院後の日常生活は生涯介助を要すると思われるが、そのうち退院の後である昭和五一年八月一日から三〇年分

b 右年数に対応するホフマン係数 18.0293

c 付添介助一月当りの費用 金五万円

5万円×12月×18.0293=108万1758円

(ウ) 入院雑費(九一〇日分) 金三六万四〇〇〇円

一日につき金四〇〇円の割合により算出

(2) 後遺障害による逸失利益 金二三三五万一一〇九円

(ア) 原告毅の本件事故当時の年齢満一六年(昭和三二年二月六日生)

(イ) 傷害名 第六頸椎亜脱臼、頸髄損傷

(ウ) 労働能力喪失率 一〇〇パーセント

(エ) 満一八年の男子平均給与額 金七万四八〇〇円

(オ) 年間賞与等の額 金一〇万五一〇〇円(以上(エ)(オ)は賃金センサス昭和四九年第一巻第一表による。)

(カ) 減収期間 四九年(満一八年から満六七年まで)

(キ) 就労可能年数四九年に適用するホフマン係数 23.1222

(7万5400円×12月+10万5100円)×23.1222=233万1109円

(3) 慰謝料 金一〇〇〇万円

原告毅は、不慮の事故により廃疾の身となり、就職・結婚等は不能となり、将来の人生への希望を失なうに至つたのであり、その精神的苦痛は甚大で、これを慰謝するには金一〇〇〇万円が相当である。

(4) 弁護士費用

原告らは、本件訴訟の遂行を弁護士峯満に委任し、その手数料(報酬前渡金)として金五五万円を支払い成功報酬として長崎県弁護士会報酬等規程に基づき判決認容額の五パーセントを支払う旨の契約をしたので右成功報酬のうち金二〇〇万円をこえる分を放棄し、これに手数料を加えた合計金二五五万円のうち、原告毅はその三分の一である金八五万円を弁護士費用として請求する。

(二) 原告渉及び同ミチの損害

(1) 慰謝料

原告渉及び同ミチは原告毅の将来に望みを託し、大学進学に備えて長崎市に遊学させていたが、本件事故によつて原告毅が生涯介助を要する廃人同様の身となつたことにより計り知れぬ精神的苦痛を受けた。これを慰謝するには各金三〇〇万円が相当である。

(2) 弁護士費用

原告渉と同ミチは前記4(一)(4)記載のとおり弁護士費用として各金八五万円を請求する。

よつて、原告毅は被告に対し、第一次的には安全保持義務不履行により、第二次的には国家賠償責任に基づき金三七四二万六八六七円の、同渉及び同ミチは被告に対し、国家賠償責任に基づき各金三八五万円の、各損害賠償金並びに右各金員のうち原告毅については金三六六一万六八六七円、同渉については金二〇〇万円、同ミチについては金三〇〇万円の各内金に対する、いずれも本件事故発生の日の翌日である昭和四九年二月一日から支払済みまで年五分の割合による各遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち原告毅が、昭和四九年一月三一日長崎市上小島所在の南校校庭において井上教諭指導のもとに正課としての一般体育の時間に、ラグビーの試合中今川にタックルをしたところ、今川の膝が原告毅の頭部に激突し、同原告は第六頸椎亜脱臼、頸髄損傷の重傷を負い、右同日から昭和五一年七月三〇日まで入院治療を受けたが、頸髄損傷のため右上下肢の麻ひが存していることは認める。事故発生の時刻は午後一時五五分ころである。その余の事実については不知。

3  同3(一)(1)は争う。

原告ら主張の在学契約論は、学校と生徒間を特別権力関係とみる考えを排し、対等の権利主体の関係であるというため持出された理論であつて、対等な関係であることから直ちに一方が契約上安全保持(安全配慮)義務を負うことにはならない。

同3(一)(2)(ア)の事実のうち、原告毅が南校一年生のとき放課後クラブの陸上競技部に入り砲丸投げをやり二年生になつてから必修クラブのラグビー部(原告のいう選択必修体育のラグビー部)員であつたことは認めるが、その余は否認又は争う。

本件事故当時南校では、週三時間の体育があり、うち一時間は柔道、残り二時間が一般体育にあてられ、ラグビーは九月二七日から井上教諭と田中教諭が各週一時間ずつ担当した。

ラグビーの授業は、最初はパスの仕方とかボールのキャッチの仕方などから入つて行き、順次高度な方へ進むというやり方であり、それぞれの技能については生徒をモデルにしてやらせたり教師自身が実演してみせたりしたうえで、各生徒がそれを実際にやり、教師が指導するようにしていた。個々の技能については、井上教諭がまず教え、次の時間で田中教諭による同一技能についての一時間の復習が入る形となつていた。

原告毅は、一年生のときは陸上競技部に属し、高校総合体育大会に出場したほどの者であつたし、必修クラブのラグビー部員でもあつたから、技能面では他の生徒より優れていたこともあつて、放課後クラブのラグビー部員であつた今川と二人でモデルになつて演技することが多かつた。

本件事故が起きた班別対抗の簡易ゲームの時点では、生徒が未だラグビーに習熟していなかつたため危険防止の意味から、全員にヘッドキャップを着用させ、フォワード三名(正規のルールでは八名)、バックス七名とし、ラインアウト、キック、セービングなどは取入れず、ボールを持つた相手を防ぐにもタックルでもホールドでもよいこととしていた。班別の組み方も各班毎に技能・体格が平均するように生徒を配分していた。

4  同4は否認又は争う。

三  抗弁

1  日本学校安全会法による損害賠償請求権の移転

原告らは、昭和五四年二月九日訴外日本学校安全会(以下、安全会という。)から日本学校安全会法による給付金七〇〇万円を受領した。同法三七条は、「安全会は、災害給付の事由が第三者の行為により生じた場合において給付を行なつたときは、その給付の限度で、当該生徒等の第三者に対して有する損害賠償の請求権を取得する」旨規定する。したがつて仮に被告県に損害賠償義務があるとしても、右七〇〇万円の限度において原告らの損害賠償請求権は安全会に移転し原告らはその限度で被告県に対し請求できない。

2  過失相殺

仮に被告に過失があるとしても、本件事故が起きた簡易ゲームの時点では、ボールを持つた相手を防ぐにはタックルでもホールドでもよいこととしていたのであり、原告毅はホールドで十分であつたにもかかわらずあえてタックルすることを選び、しかも十分相手の動きを見定めず頭から当つた点で本件事故の原因を作つた責任があり、過失相殺がなされるべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁1の事実のうち日本学校安全会法による給付金七〇〇万円を原告らが受領したことは認める。

第三  証拠<省略>

理由

一当事者の地位

請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二本件事故発生の経緯とその内容

1  原告毅が、昭和四九年一月三一日長崎市上小島所在の南校校庭において井上教諭指導のもとに正課としての一般体育の時間に、ラグビーの試合中今川にタックルしたところ、今川の膝が原告毅の頭部に激突し、同原告は第六頸椎亜脱臼、頸髄損傷の重傷を負い、頸髄損傷のため右上下肢の麻ひが存していること、及び、原告毅が南校一年生のとき放課後クラブの陸上競技部に入り砲丸投げをやり、二年生になつてから選択必修クラブのラグビー部員であつたことは当事者間に争いがない。

2  右争いがない事実に加うるに<証拠>を総合すると次の事実が認められる。

(一)  原告毅は、昭和三二年二月六日生で本件事故当時身長一七五センチメートル、体重七八キログラムであり、中学二年生の時、陸上競技部に入り短距離走と砲丸投げをし、中学三年生になつて対外試合にも出場して二つの試合で一位となり、南校入学後一年生の時、放課後クラブの陸上競技部に入り砲丸投げをしたが、二年生になつてからは放課後クラブに入らず、必修クラブで、ラグビーを選択した。

(二)  井上教諭は、昭和三一年三月に日本体育大学を卒業し、同年高校教師となり、本件事故当時南校の体育教師として県の教育公務員の地位にあるが、大学在学中体育の単元としてラグビーを履修し、教職についてからずつとラグビーを指導している。

(三)  南校での正課としての体育は、週三時間でそのうち格技としての柔道が一時間、残りの二時間がいわゆる一般体育で季節によりサッカーとかラグビーにあてられ、うち一時間を井上教諭、もう一時間を田中春義教諭が担当した。

なお南校では、右の外に正課の授業としてその選択により文化クラブ又は体育クラブのうち一つを週一時間履習することになつており(これが前記必修クラブである。)、体育クラブ中ラグビー部は原宮之教諭が指導していた。

一般体育では、まず井上教諭が授業をし、田中教諭がそれを復習する形で指導がなされていたが、ラグビーの授業は、昭和四九年は九月二七日から始まり、井上教諭の授業については、四回にわたるパス練習を経て一一月一七日タックルに代るタッチとホールドの練習があり、一一月二四日のタッチゲームを経て、一二月六日はスマザータックル、一二月一三日スマザータックルとサイドタックル及び危険性の少ない後方タックル並びに倒れ方、一二月二〇日ゲームが行なわれ、田中教諭の指導のうちサイドタックルは一二月一五日、同月二二日の二日間練習が行なわれ、右九月からのラグビー授業を原告毅は一日も欠席せずに本件事故が発生した昭和四九年一月三一日に至つた。

(四)  井上教諭は、タックルについては生徒のうち今川、原告毅等放課後クラブや必修クラブでラグビーをしてある程度技能をもつたものを選び、一対一の組を作らせ、静止状態でタックルの型をとらせて生徒にその動きをみせて説明しながら、その後各自に練習をさせる方法をとつた。

(五)  また、井上教諭は、生徒たちに対しては、タックルするときは相手を見ずにがむしやらに突込んではいけない、頭を上げ背すじを伸ばし相手を見定めるよう姿勢を正し、上体タックルで相手を抱えこむとき、相手の右大腿にタックルする場合自分の右肩を当てるようにし、相手の左大腿にタックルする場合は自分の左肩を当てるようにして、タックルする者の頭が相手の尻のほうへいくようにするようにと説明指導し、生徒が慣れるにしたがつてスピードを速くさせたり、当たりを強くするようにさせたり、タックルする者もされる者も共に走らせて動きのある状態で練習をさせた。

次にゲームを行なう際には、井上教諭はレフリーを担当し、常にボールの動きに注意しこれについてゆくとともに、危険なプレーがあつた場合には直ちに笛を吹いてゲームを中止させ、みんなに判るように注意を与え指導したのち改めてプレーを再開させた。

(六)  原教諭による必修クラブでのラグビー指導も正課におけるとほぼ同様であつた。

(七)  昭和四九年一月三一日五時限目、南校校庭で井上教諭の指導のもとに正課としてのラグビー授業が行なわれたが、当日は整列、挨拶、出欠点検、パスワーク・柔軟運動等の準備運動が一五分程度なされ生徒を一〇名一班として四班に分け、各班でフォワードからバックスへパス攻撃の練習、コンビネーションプレー等それまでなされてきた練習をもう一度復習する意味で行ない、一〇分間の簡易ゲームをすることになつた。

これに先立つ同月二六日長崎市営球技場で行なわれた長崎県高校ラグビー選手権大会において、長崎西高校の瀬川雄二が首に負傷し翌日死亡するという事故があり、同月二八日南校井上彰校長が教師を集めて事故防止に努めるよう注意し、これを受けて井上教諭は本件事故当日の授業前に「十分注意してプレーするよう」指示し、ゲームに入る前にヘッドキャップを着用させた。

(八)  原告毅は三班のフォワードをつとめていたが、本件事故当日の一班と三班の簡易ゲームはまず三班陣ハーフウェイラインから一五ヤード、タッチラインから一五ヤードの地点から一班がボールを入れ、一班ハーフが右ウイングにパスし、同ウイングは前進したが、三班左ウイングが止めてボールを奪いとり、オープンの方へパスをし、そのボールがバウンドしたが、スクラムを離れてフォロー態勢にはいつた一班左プロップの今川が拾いあげ、攻撃態勢に入つたところを前方にまわりこんでいた原告毅がタックルしようとした。

(九)  原告毅は今川の真正面から今川の膝に自分の前頭部を当てるような形でタックルしたため、その頭が、今川の膝に激突し、その場に尻もちをつくように仰むけに転倒した。

(一〇)  井上教諭はすぐに笛を吹いて試合を中断し、原告毅の状態を確かめたが、同原告は意識ははつきりしていて「大丈夫」と答えたので、井上教諭は軽い脳震とうと判断してタッチライン外に同原告を運び出し、マット上に横たえ安静にさせて様子をみたが、起きあがれない状態にあるので生徒一〇名といつしよに保健室のベッドまでかついでいき、訴外粟津医師の往診を求めて同医師の指示で救急車で十善会病院に入院させた。

(一一)  原告毅の傷害は、第六頸椎亜脱臼、頸随損傷であり、脊髄性の知覚麻ひがあり、現在左側上下肢については比較的筋力が残存しているといえるが、右側上下肢については手関節の背屈・掌屈、股関節の内転・外転、膝関節の屈曲・伸展、足関節の背屈・底屈の関節運動筋力が著減又は消失の状態にある。

3  <証拠>中には、井上教諭から、タックルの危険性や、タックルのやり方について頭を相手の尻のほうにいくようにするなどの説明は受けておらず、又練習方法としても静止状態でタックルの型を練習しただけで、二人が走りながらタックルをして倒れ方を練習するといつた方法は何らとられなかつた旨の供述部分があるが、右は<証拠>に照らすとにわかに措信することができず、その他前記認定を左右するに足りる証拠はない。

三被告の責任

1  債務不履行責任と国賠法一条に基づく責任

原告らは、県立高校の在学関係は教育法諸規範に補完された契約関係であり、これに付随する安全保持義務に被告は違背して債務不履行をなしたとして、主たる請求として債務不履行責任を、予備的に国賠法一条にもとづく不法行為責任を主張する。

そこで考えるに公立学校における在学関係は契約によつて生ずるのではなく一定の行政主体の行政処分(入学許可)により発生する公法上の営造物利用関係というべきで私立学校における在学関係と異なるのであるが、しかしながら公立学校においても学生生徒あるいはそれが未成年の場合にはその親権者と指導に当る教師及び施設管理者たる学校当局との間は一定の信頼関係により基礎づけられているのであつてここにある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入つた当事者間において当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般に認められるべき安全配慮義務が否定されるものではないことは私法上の契約により在学関係が成立した場合と異ならないと解するのが相当である。

また国賠法一条にいう公権力の行使は権力作用だけでなく純粋な経済的作用を除く、非権力作用にも及ぶと解されるから、地方公共団体の公立高校生徒に対する教育作用も又公権力の行使というをさまたげない。

そして両者の適用関係はある範囲において競合し、いわゆる請求権の競合関係が生ずるものと解する。

2  債務不履行責任(安全保持義務違反)

(一)  原告らは、原告毅がラグビー競技中安全に競技を実行するだけの基本的技能をもつに至つていないのに、井上教諭が請求原因3(一)(2)(ア)記載のとおりの注意を尽さず適切な指導を欠いたまま原告毅をしてタックルをなさしめ本件事故を惹起した旨主張する。

(二)  <証拠>によると、本件事故は、原告毅が頭を下げたままにして相手を見定めることなしに自分の頭を今川の膝に激突させてしまつたものと推認することができる。

したがつて、もし、原告毅が前記二2(五)認定の井上教諭の指導に従つていれば本件事故はかなりの程度避けえたとも考えられる。

(三)  次に<証拠>によれば、次の事実が認められる。

(1) 文部省が定めた高等学校学習要領及びその解説では、高等学校において履習すべき体育教科の運動種目として他の球技と共にサッカー又はラグビーのいずれか一種目をも選択すべきものとし、ラグビーは高等学校ではじめてとりあげる種目であり身体接触を含む比較的激しい運動であるから、タックル、セービング、スクラム等特に基本となる技能について充分指導習得させてからゲームに入るようにすることとされている。

(2) 南校第二学年男子の体育年間計画では週二時間、年間三五週の一般体育の時間のうち四月から九月までの一七週はサッカー、水泳、徒手陸上に、ラグビーは後半一〇月以降の一三週をそれぞれあてられ、現実には九月二七日以降の一五週がラグビーの授業が行なわれている。

(四) ところで、前記二の2(三)ないし(七)認定のとおり、井上教諭は原告毅らに対するラグビー指導にあたり、基礎的なパス練習を経て、タックルに代わるタッチ、ホールドの練習をなし、その後はスマザータックル、サイドタックル、後方タックル等タックルについての基本的な注意事項を説明し、段階的に静止状態から徐々にスピードを出した動的な練習を反覆させて技能を習得させ、簡易ゲームに至つたものであり、前記一般体育の年間計画からみても後半の時期にかつ多く時間を配分してラグビーの授業を実施している。

特に原告毅についていえば、身体的にもスポーツ一般においても他の生徒にすぐれ、必修クラブではラグビー部に所属していたものであり、ラグビー競技における技能習得の上からもチームにおけるリーダー的存在であつたことが窺われる。

(五) 前記のとおり被告県の履行補助者たる体育教師が、教育活動の中で、その職務上生徒の健康管理及び事故防止について万全を期すべき注意義務を負うことはいうまでもないが、教師といえども、およそ想定しうるすべての危険に対して完全に生徒を保護することは不可能であり、特に本件の如きラグビー競技は激しい競技であつて一連の攻撃、防禦の動作で参加者が互いに相手方と激しく接触したり衝突することが多く、それに付随して諸種の身体的事故が発生し易いものであり、その意味で本質的に一定の危険性を内在していると解されるから、注意義務の存否の判断にも自らそこに相応の限界が存するといわざるを得ない。そしてスポーツも、学校教育一環としてなされるものである以上、生徒の心身の健全な発達に資することを目的とすべきであるから、生徒の発達段階に応じた適度な修養鍛練を含むことが望まれ、しかも、スポーツとしての性質上、ある程度の技量及び成績の向上を目的とすることも必然的に生ずるのであり、むしろそのような目的に向かつて努力を積むところに教育的効果を期待し得るともいえる。

高校二年生といえば、通常その心身の発達程度は成人に近く、前記の諸事情を総合すると本件ラグビーの授業計画及びその実施は、対象生徒の経験、技量、体力に照らしても過重な負担を強いる程のものとはいえず、井上教諭の具体的な指導内容にも適切さを欠くものがあつたとは認めがたく、まして実力の優れた原告毅についてはなおさらであつたというべきである。

なるほど本件事故は(二)に認定したとおり原告毅が井上教諭のタックルの指導に従わないで誤つた方法でタックルを行なつて自分の頭を今川の膝に激突させてしまつたため起こつたのであるが、井上教諭としては(四)に説示したとおりの指導を生徒に対し行ない、これについて生徒をして反覆練習させたことでその注意義務は尽されたというべきで、それ以上に生徒一人一人につきその技能の習熟を確認してはじめてタックルの実施を許可すべきであるという注意義務までは存しないというべきである。

(六)  次に原告らは、教育長等に、ラグビーの高い重大事故発生率に鑑み、請求原因3(一)(2)(イ)のとおりの教育プログラムの研究策定義務があり、また、ラグビーに参加せしめる生徒を保護者の同意を得た希望の生徒のみに限定するとか、そうでなければラグビー指導等そのものを廃止すべき義務があるのに、これを怠つたため本件事故を惹起した旨主張する。

(七)  <証拠>によれば、昭和五三年度の長崎県下の高等学校の負傷事故のうち体育部活動中のもの一〇二〇件のうち一九〇件、保健体育時間中のもの八八〇件のうち一四〇件がラグビー事故であり運動種目としては柔道と並んで最も事故の多い種目であること、及び頸部や頭部の傷害による死亡事故も相当数にのぼつていること、が認められ右認定に反する証拠はない。

(八)  一方、<証拠>によれば、高等学校学習指導要領は、保健体育の目標として、運動の合理的実践を通して、心身の調和的な発達を促すとともに個人及び集団の生活における健康や運動についての理解を深め、これらに関する問題を自主的に解決する能力や態度を養い、国民生活を健全にし、豊かにしようとする意欲を高めることを掲げ右目標を達成するために前記のとおり運動種目としてサッカー又はラグビーのいずれかを選択すべきものとし、そのいずれを選択するかは生徒の実態及び学校や地域の実情に照らして現場の教育機関において決定すべきものとされ、長崎県内の高等学校では六六校中四七校がラグビーを採用していること、がそれぞれ認められ右認定に反する証拠はない。

(九) ところで、親は、子供の将来に対し最も深い関心をもち配慮すべき立場にある者として、家庭教育等学校外における教育や学校選択の自由において子供の教育に対する一定の支配権を有するが、それ以外の領域では国が憲法上、子供の利益保護、子供の成長に対する社会公共の利益と関心にこたえるため必要かつ相当と認められる範囲において、教育内容を決定する権能を有すると解され(最高裁昭和五一年五月二一日判決、刑集三〇巻五号六一五頁)高等学校学習指導要領は学校教育法四三条、一〇六条、同法施行規則五七条の二に基づき、国の行政機関たる文部大臣が高等学校の教育課程の基準として文部省告示をもつて公示したもので、国の教育行政機関が法律の授権に基づいて設定した教育の内容及び方法について遵守すべき基準であり、被告県の教育長等は、右基準に基づいてラグビーを採用したものであり、ラグビーには練習やゲームをとおして、協力、敏しよう性、持久性を養い、社会性を身につけるという前記目標を達成するための効用が十分考えられるのであるから、前記のとおり重大事故発生率が高いとの一事をもつて、教育長等の教育プログラムの研究策定に義務違反があつたということはできず、更に保護者の同意を得た希望生徒に参加者を限定し、又はラグビーそのものを廃止する義務があると解することは到底できない。

(一〇) 以上のとおり、原告毅の本件事故に関して、井上教諭及び教育長等には教育指導上課せられた安全保持義務に違背した事実は何ら認められないから、被告県に右義務の不履行に基づく損害賠償責任がある旨原告毅の主張は理由がない。

3  国賠法による責任

原告らは、被告県の公務員たる井上教諭及び教育長等がその職務を行なうについて過失があつた旨主張し、国賠法に基づく損害賠償を求めているが、右過失の前提たる注意義務の具体的内容は、前記安全保持義務と同様であると主張している。

そして、地方公共団体の公立学校生徒に対する教育作用が公権力の行使というを妨げないことは前記のとおりであるが、原告ら主張の右注意義務違反はこれを認めるに足る証拠がないことは前記二説示のとおりであるから、結局被告の国家賠償責任を追及する原告らの主張もその理由がないことになる。

四結論

以上認定説示のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告らの本訴請求はいずれもその理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条・九三条を適用して主文のとおり判決する。

(渕上勤 榊五十雄 永留克記)

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